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顕彰と助成

本年度の受賞者

平成29年度 第37回 伝統文化ポーラ賞 受賞者(敬称略)


優秀賞

工房で上絵付時のマスキング作業を行う前田さん。この作業は数回繰り返される。
平成27年2月

  • 前田 正博(まえだ まさひろ)
  • 昭和23年生まれ
  • 神奈川県
色絵磁器の制作

白い磁器をキャンバスに見立てて、色を重ねる色絵磁器の技法。
前田正博さんの色絵磁器は、金彩や銀彩に赤や青などの色数を抑えた抽象模様が、独特な質感と存在感を醸し出している。作品は、鉢や茶碗など日常の用途があるものが中心。前田さんは、色絵磁器の技法をオブジェや絵画的な表現として、実用的な生活の器の中に取り込む面白さを語る。

昭和23年に京都で生まれた彼は、昭和50年に東京藝術大学大学院工芸科陶芸専攻を修了。その間に絵画や彫刻、工芸一般をすべて経験した上で、陶芸への道を進むことを決意する。陶芸の工程ごとに変化する様子が楽しく、それが自分に向いていると思ったからという。

平成19年ごろから始めたという洋絵具を使った現在の技法は、ろく挽きした真白な磁器素地を手削りし、マスキングテープを使って、彩色しては焼くという工程を5〜6回繰り返す。すると端正な磁器のフォルムの抽象模様に覆われた表面が、陰影を感じるテキスタイルのような質感を帯びた作品となってくる。通常の和絵具にはガラス成分が多く、何度も焼くと剥離してしまうが、洋絵具を使うと重ね塗りができる。その度に磁肌に現れる複雑な表面効果が、前田正博さんの色絵磁器のスタイルになりつつある。

平成17年第1回菊池ビエンナーレ展優秀賞受賞し、この時に東京・六本木に工房を移転。都会的感性を磨きながら作品作りに取り組んでおり、近年の受賞歴は平成21年第56回日本伝統工芸展 日本工芸会総裁賞受賞、平成22年第17回MOA岡田茂吉賞展 MOA美術館賞受賞、平成23年日本陶磁協会賞受賞、平成27年第6回創造する伝統賞受賞(日本文化藝術財団)など国内外で高い評価を得ている。このほか、平成19年「前田正博色絵磁器展」(アサヒビール大山崎山荘美術館)を皮切りに多数の展覧会も開催している。

また、所属の日本工芸会や石川県立九谷焼技術研修所、茨城県立笠間陶芸大学校などの講師として、多くの後進を育てている。伝統的な陶芸の色絵磁器の技法を基本に据えながら、現代的な感性を持った表現者として、高いレベルで伝統の幅を広げる実力から今回の受賞となった。


「仮名手本忠臣蔵 一力茶屋」を語る
竹本葵太夫さん。
(平成28年11月国立劇場にて)
(撮影:小川知子)

  • 竹本 葵太夫(たけもと あおいだゆう)
  • 昭和35年生まれ
  • 東京都
歌舞伎竹本の伝承

「従」にこだわった、歌舞伎の義太夫を語る竹本葵太夫さん(本名:
柳瀬信吾)。「でしゃばってはいけない。頼りなくてもいけない」と、あくまで主役の歌舞伎役者の演技を立てながら、「語り」で劇の進行を助ける。

現在、一番旬な太夫といわれる葵太夫さんは、中村吉右衛門、中村梅玉らから指名を受ける多忙な日々を送っている。文楽の太夫は登場人物の全役を一人で語り分けて進行するが、歌舞伎では物語の状況説明や、役の心の機微を描写するのが中心となる脇役的な役割になる。それが、葵太夫さんが"語りで役者を支える"、太夫としての魅力を感じるところだという。

昭和35年東京都大島町生まれ。中学時代に義太夫に魅せられ、昭和51年に女流義太夫の太夫竹本越道に手ほどきを受ける。同54年4月に国立劇場歌舞伎音楽(竹本)の研修生となり、5月には竹本扇太夫から二代目竹本葵太夫の芸名を許されるという順調なスタートを切っている。その義太夫の道に進んだ原点としてあげるのが、故郷の大島の無形文化財指定の「神子舞」。地元の吉谷神社の正月祭に、10歳くらいの男児が女装して奉納する神事だ。その体験が、今日の葵太夫さんの遠因になったともいう。

文楽とは違う、歌舞伎義太夫の修業の大変さが垣間見えるのが床本。歌舞伎の場合は同じ外題でも播磨屋型、橘屋型、成駒屋型など、役者の芸系による型の違いや演出があり、その型ごとに太夫が語る詞章や表現の注意などを書いて床本を作り直す。それでも日々の舞台では何が起こるかわからない。その時には太夫が三味線と連係し、間合いをつなぐなどの"見計らい"で、舞台に支障のないように務めるという。

『仮名手本忠臣蔵』『義経千本桜』などの時代物の重厚な語り口にも定評があり、昭和62年、27歳で第37回芸術選奨文部大臣新人賞を受賞するなど数々の賞を獲得し、平成8年には重要無形文化財(総合認定)となった。その人気と磨かれた芸の実力と、斯界での人望の厚さも含めて、今回の受賞となった。


奨励賞

素地に彫刻刀で彫りを施す和田さん。
(平成28年工房にて)

  • 和田 的(わだ あきら)
  • 昭和53年生まれ
  • 千葉県
白磁の制作

白一面の画面の中から、陰影のある立体が立ち上がってくるような錯覚を覚えるのが和田的さんの白磁の作品。天草陶石の磁土をろくでぎりぎりまでひいた塑型を、特注のかんなで削り出す彫刻のような技法が、和田さんの作品の代名詞になっている。その削りによってできた面と面が交差したところに光がまわると、繊細な陰影が静謐な佇まいを見せる。

昭和53年に千葉県で生まれた彼は、22歳で文化学院芸術専門学校陶磁科を卒業すると、陶芸家の上瀧勝治氏に師事。有田焼の名工ともいわれる上瀧氏の白い壺を見て、磁器の世界へ進むことを決心したという。平成17年に27歳で日本工芸会正会員になったが、その5ヶ月前に自分の窯を千葉に構えて独立。その背景には、日本伝統工芸展に4回入選すると正会員になれるので、4回目は自分の窯で焼いたものを出品したいというこだわりがあった。

それが現実になり、平成19年20代最後の年に第35回新作陶芸展で日本工芸会賞を受賞。そのときの作品が白器「表裏」で、歪みやねじれなどがないエッジが効いた直線と曲線が交錯する様相に、新しい陶磁器の表現者としての登場となった。彼によって磁土には陶土にはできない表現があることがクローズアップされることになった。

そして、平成21年には第3回菊池ビエンナーレに白器「ダイ/台」で奨励賞、同年第20 回日本陶芸展「ザ!オブジェ」で池田満寿夫特別賞、平成22年第50回東日本伝統工芸展で白磁「はこ」で第50回展記念賞と、立て続けに磁器の新しい可能性を表現してみせた。

作品の根底に流れているのは「静けさ」だという。自然の中に身を置いたときに感じる癒しの静けさ、自然が発する静かなエネルギーを感じる作品を生み出すために、彫刻のような手から直接に伝わる手法にこだわるのだと語る。

平成24年には多治見市陶磁器意匠研究所で、平成25年と26年には茨城県立笠間陶芸大学校でワークショップとスライドレクチャーなどを行うなど、後進の指導にも力を入れ始めている。こうした一連の「磁器の表現」の面目を一新した功績が、奨励賞の受賞となった。


地域賞


代々、芸を伝承している一家の6代目、7代目、8代目が3世代にわたる初共演をした。演目は「奥州安達ヶ原(二段目)文治館の段」(平成29年4月)

北海道・東北
  • 千葉之家花駒座(ちばのやはなこまざ)
  • 大正14年頃設立
  • 福島県
檜枝岐歌舞伎の保存・伝承

福島県南会津、尾瀬に入る玄関口に郷土芸能「ひのまた歌舞伎」で有名な、人口わずか600人弱の檜枝岐村がある。この歌舞伎は、江戸時代から270年以上伝わ る村民が演じる村民のための地芝居のひとつとされる。その歴史は、檜枝岐の村民がお伊勢参りの帰りに立ち寄った江戸で見聞きした歌舞伎芝居を、村に帰って見よう見まねで再現したのが始まり。それが親から子へと伝わり、やがて浄瑠璃本を江戸みやげにする者も現れて、いつしか舞台もつくり、自分たちで演じるまでになったという。

現在の舞台は、明治26年(1893年)に焼失した古い舞台を模して、明治30年前後に再建されたものと推定されている。鎮守神社殿の前に建てられた茅葺きの拝殿兼用の舞台があり、花道は上演するときに後付けで設営され、役者は神社本殿に向かって芸を奉納する形になる。この舞台は昭和51年に国指定重要有形民俗文化財に指定されている貴重な建造物で、平成16年に国立劇場で公演が行われたときは、そっくりな舞台装置を組んで上演されたという自慢の舞台だ。

檜枝岐歌舞伎を運営する「千葉之家花駒座」の一座は大正末期に発足しており、現在は村の幼児から70代まで男女合わせて30人ほどの座員が、役者兼裏方として毎年の舞台に取り組んでいる。奉納歌舞伎が行われるのは、5月12日の愛宕神祭礼と8月18日の鎮守神祭礼の2回。このほか観光客を対象に公演が9月の第一土曜日に行われている。

その外題は 『ほんたいこう』 『いちたにふたばぐん』など11の演目のレパートリーがあり、中には昭和8年に地元民によって脚本が書かれた、オリジナルの 『みなみやまみんいしぶみ』なども入っている。こうした活動が評価され、平成11年には檜枝岐歌舞伎は福島県重要無形民俗文化財に認定された。この檜枝岐村の村民たちで力を合わせ、長年にわたり保存・伝承してきた地方色豊かで貴重な無形文化遺産として今回の受賞となった。


糸車で、木綿の糸を紡いでいる
日下田さん。(平成27年10月工房にて)

関東
  • 日下田 正(ひげた ただし)
  • 昭和14年生まれ
  • 栃木県
茶綿を用いた伝統染織の制作・伝承

藁葺き屋根が歴史を感じさせる日下田藍染工房は、栃木県益子町に200年以上前の江戸時代から続く紺屋で、日下田正さんで9代目になる。父の故・日下田博さん(旧栃木県無形文化財工芸技術保持者)は、益子に移住した陶芸家の濱田庄司の提唱する民芸運動に共鳴し、藍染から新しい作品の創出に取り組んだ染色家でもある。

日下田さんが父の後を継いで「藍を建てる」決意をしたのは、進路に悩んでいた18歳の時。ある朝、藍甕が並ぶ工房に入ると、甕に朝日が差し込んで靄がかかり神聖な雰囲気を醸し出しているのを見て深く感動する。現在も当時の72個の藍甕が数々の震災などに耐えて現役で活躍しているが、この甕の中で藍を発酵させて一定の温度で保ち染色を可能にする
あいて」ができる工房は、すでに栃木県内で2軒だけになっている。

高校を卒業した日下田さんは、東京で染織作家の柳悦孝氏の元で織を学ぶために5年間ほど修業をした後、昭和38年、24歳の時に益子に戻り、父に藍染を学んできた。

そんな日下田さんに転機が訪れたのは、ちょうど父と東京の画廊で二人展を始めた昭和55年ころ。益子の地元では作られなくなった茶綿の種子を鳥取県の弓ヶ浜から取り寄せ、益子の土地で栽培を開始した。その背景には、茶綿を原綿の状態で草木染して糸を紡いだときにできる「まじり糸」の表現を会得したことである。また、 "英国手織りの母"と呼ばれたエセル・メーレ夫人の著書『A Book on Vegetable Dyes』に、日下田さんが深く心酔していたことが大きな要因となっている。

"綿のツイード"と呼ぶにふさわしい、藍染と織物という染と織の組み合わせから誕生した彼の作品は粋な藍染に英国の素朴で都会的な風合いが
ミックスされ、新しい視点の「益子木綿」と呼ばれている。平成4年から現在も栃木県内の高校で草木染の指導を続け、世界各国からの研修生も受け入れるなど後進の指導にもあたり、平成17年栃木県無形文化財に指定。その功績は地域賞にふさわしいことから、今回の受賞となった。


「再興30周年 鶴見の田祭り」で《神寿歌》を演じ終えた演者が、古式の則り直会を行った。(平成29年4月29日)

関東
  • 鶴見田祭り保存会(つるみたまつりほぞんかい)
  • 昭和61年設立
  • 神奈川県
鶴見の田祭りの保存・伝承

「〽練れ 練れ 練れや 我前を練れよ〜」と、豊作祈願をするかむほぎうたとともに始まる神奈川県横浜市鶴見区の「鶴見の田祭り」の神事が、昭和62年の復興から今年で30周年を迎えた。鶴見神社の境内で、田んぼに見立てた"ヤッサイ"という藁包を囲み、歌にあるように田の土を練り上げる春の田起こしから、なわしろき、種まき、田植えなど、秋の収穫までの一連の農作業を、個性豊かな12人の稲作人たちが模造の鍬や鋤を使って歌い踊る。

この「鶴見の田祭り」は、今から700年前の鎌倉時代から鶴見の地に受け継がれてきた伝統的な神事。江戸時代の文化・文政期(1804-1830)に編纂された『新編武蔵風土記稿』に、鶴見神社(当時は杉山大明神)境内で、年の初めの正月16日の夕方に行われていたことが記されている(現在は4月29日に行われている)。五穀豊穣を願う予祝行事として、田の神に祈る儀礼が神楽となり、庶民の間で芸能色豊かな「田祭り」となったとされ、同様の祭りが全国に300近く存在するという。

その中で、「鶴見の田祭り」が稀有なのは、明治4年を最後に、文明開化の波にもまれて途絶えてしまい、1世紀以上も見たことも演じたこともない状況から復興させた祭りであること。

これは、鶴見神社の現在の金子元重宮司が学生時代に町内の古老から聞き取りしたことがきっかけとなり、昭和50年頃から本格的な文献や資料探しに着手。発掘した文献をもとに鶴見歴史の会や地元の有志の協力を得て、同様の神事が行われている静岡県三嶋大社や東京都板橋区の徳丸北野神社などを訪ねて調査研究や神壽歌の解読作業を重ねた。その結果、昭和61年に「鶴見田祭り保存会」を設立し、昭和62年に115年ぶりに第一回復活「鶴見の田祭り」を斎行することができた。

以来毎年4月29日に鶴見神社境内で斎行し続け、平成6年の鶴見区民文化祭で鶴見公会堂で公演したのを始め、県内外の諸施設で「田祭り」を公演し、平成21年には静岡県で開催された「第24回国民文化祭」にも出演。平成25年に横浜市無形民俗文化財保護奨励団体に認定されている。

こうした一連の「鶴見田祭り保存会」の設立までの経緯と、地域を挙げての調査研究で、貴重な神事の往年の姿を復興させた努力を顕彰して、今回の受賞となった。


紀要「秋篠文化」創刊号〜第10号。
CD、DVD付き。

近畿
  • 特定非営利活動法人奈良芸能文化協会(とくていひえいりかつどうほうじんならげいのうぶんかきょうかい)
  • 平成17年設立
  • 奈良県
奈良の伝統芸能の調査・研究

かつて「まり遊び唄」や「手遊び唄」など、時代を経て口承・伝承されてきた唄や踊りの民俗文化が生きていた。それがいつの頃からか、日常から消えつつあることを危惧し、奈良を中心とした民俗、音楽、歴史文化の専門家が集まり、調査・研究を重ねているのが平成17年に設立された特定非営利活動法人奈良芸能文化協会・伝統芸能専門部会である。この部会は古都・奈良の芸能文化の振興と活性化に寄与するために、平成12年に秋篠音楽堂運営協議会 伝統芸能部会として開始し、現在は特定非営利活動法人奈良芸能文化協会としてさまざまな芸能の「掘り起こし」「公開」「記録化」を進めている。

奈良県には「法隆寺地域の仏教建造物群」「古都奈良の文化財」など3つの世界遺産があり、豊かな自然の景観を背景にした古代からの史跡、堂塔伽藍や神仏像がその姿をとどめて保存されている。

加えて素晴らしいのは、これらの歴史的景観を舞台にして年中行事、ほう、祭礼のなかで行われるしょうみょう・雅楽などの伝統芸能や神楽・盆踊りなどの民俗芸能が伝承され、それを実際に見聞できることである。

そうした背景の中で、伝統芸能専門部会は近鉄百貨店内に設置された「秋篠音楽堂」を拠点とし、「社寺に伝わる伝統文化」と「庶民に伝わる民俗文化」の両方について調査を進め、公開公演や解説講演会を通して積極的に情報発信をしている。具体的には伝統芸能や廃絶した大和萬歳、江州音頭などに先行する祭文音頭、獅子舞など、奈良県の伝統・民俗芸能の調査研究紹介事業の成果として、研究誌『秋篠文化』(平成15年創刊)を、秋篠音楽堂の後援のもと、編集・刊行し、大学や図書館に寄贈している。その『秋篠文化』の号数は、創刊号の特集「大和の神楽」から第11号「大和の仕事唄」(8月刊行予定)まで重ね、CDやDVDなどの動画や音源をつけるなど資料性の高さが評価されている。

公開公演などの開催実績は、平成13年には第1回「春日大社の音」、平成14年の第3回は「東大寺の音」修二会声明、平成15年「大和の神楽」などを開催し、平成22年には平城遷都1300年祭の県民活動支援事業として「法隆寺の音 聖霊会/世界平和祈願法要」など大きな催事も企画している。

こうした有形文化財とは異なる無形の文化遺産の保存と継承に資する真摯な営為と地道な活動が高く評価されて、今回の受賞となった。


綜絖掛け作業の風景。織るときに経糸を上下させる道具を綜絖という。南風原産地では、既製の綜絖以外、経糸に一本一本に糸をかけて、綜絖を作り出す独特の方法がある。

九州・沖縄
  • 琉球絣事業協同組合(りゅうきゅうかすりじぎょうきょうどうくみあい)
  • 昭和50年設立
  • 沖縄県
南風原花織の保存・伝承

シャラーン、トントンと機織りの音が響く、沖縄県南風原町の「かすりロード」。昭和50年に設立された琉球絣事業協同組合の本部がある「かすり会館」。その周辺のもとてるの地域一帯が、200人ほどの職人が集まる"織物のまち"南風原のメインロード。戸外に反物を広げた工房を、南国の風が抜ける風情ある散策ルートになっている。

歴史は古く、14〜15世紀に東南アジアから琉球王国に伝わった絣は、江戸時代の日本へ伝わり琉球絣となり、日本全国の絣のルーツにもなった。絣や花織もその一つで、琉球王府所縁の600種もの図柄が納められた
ちょう」を元にした、多彩な幾何学模様が織り込まれている。いずれも平織をベースにかすりいとで文様を表すと琉球絣、部分的に糸を浮かせて文様を作ると緻密な浮き柄の花織になる。特に花織は県内で採取した琉球藍、フクギ(福木)などの植物染料で染めた糸によって織る、花のように美しい図柄が特徴とされる。

その伝承は、明治の頃から花織の技法を母から娘へ手仕事として教えていたとされ、現在もその技法は改良されながら織り続けられている。大正3年4月には南風原村立女子補修学校が設立。村の女性たちが花織の技術を習得し、それぞれの家の先代から伝わる手法も取り入れて、〈喜屋武八枚〉〈照屋八枚〉など独自の花織の技法を確立した。沖縄戦では壊滅的な打撃を受けたが、困窮する暮らしの中で組合員たちが材料の調達に工夫をするなどして見事に復興。昭和45年前後までは木綿の絣が主流だったが、現在では絹が90%以上になり、夏物や冬物に使う糸の素材や加工にも時代が反映されている。

南風原花織は、平成16年、琉球絣とともに、南風原町無形文化財指定、平成28年、経済産業省「伝統的工芸品」指定となった。こうして手仕事の伝統が琉球絣事業協同組合によって継承されてきた南風原花織には、宮廷所縁の織物ながら庶民が装うことを目的に発展してきた強みがある。時代のニーズに応える柔軟さが期待され、今回の地域賞の受賞となった。

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