第34回 伝統文化ポーラ賞 地域賞

平成26年7月22日撮影
天然灰汁建て藍染め中の風景

  • 秋山 眞和
    (あきやま まさかず)
  • 昭和16年生まれ
  • 宮崎県
綾町の染織技術の振興
土からはじまる手仕事の原点を目指し、秋山眞和さんが宮崎県綾町に綾の手紬染織工房を創設したのは昭和41年。そのルーツは、沖縄で染織を始めた父の故秋山常磐氏の手仕事にある。戦火で多くの貴重な資材を失い、昭和26年に宮崎県で沖縄の技法による織物で再出発した父の仕事ぶりを見て育った秋山氏。その父から染織業を継いだのは、昭和36年二十歳の時だった。以来、秋山さんの心の中を占めていたのは、養蚕から染めや織りまでの工程をすべて自ら行える自然環境に恵まれた工房の設立だった。
5年後に若干25歳で立ち上げた綾工房。その周囲はきれいな綾川湧水があり、植物染料を採取できる全国有数の照葉樹林があるなど、自然環境に恵まれている。そこで長年の夢であった繭づくりから、織りまでの一貫作業を研究・研鑚する日々が始まった。織物に仕上げるにも、時代とともに分業になっていったが、本来は繭を育てての糸取り、糸繰り、絣括り、染色、糊付け仕上げとさまざまな工程を経て仕上げられていく。
その中での秋山さんがこだわったのが、最も細くて強く、しかも艶のある糸をつくる日本古来の蚕「小石丸」を育てる養蚕。昭和60年代からは、そのために、自ら山を開墾して餌となる桑の樹を植栽し、無農薬の葉で蚕を育てる環境を整えた。そこから糸を座繰り器で丁寧に取り出すことから作業の途につくという、気の遠くなるような手仕事。その研鑚は海外にもおよび、インドネシアへ染織調査をはじめ、昭和56年には中南米に貝紫染色の調査に出掛け、翌年には日本産の貝を使った貝紫染めにも成功している。
ただ最高の布づくりをしたいだけという秋山さんのこだわりが生み出した染織の手仕事の姿勢は、昭和42年に「西部工芸展」朝日新聞社金賞受賞を皮切りに、「日本伝統工芸展」入選を重ね、平成7年には卓越した技能者(現代の名工)指定表彰を受ける。また、平成9年には沖縄県立芸術大学の美術工芸学部教授に招聘されて就任、平成18年は黄綬褒章を受章している。
現在、常に染織の手仕事の原点を見つめながら作家としての活動をする一方で、工房での染織の体験や後継者育成など、地域の綾町に根付いた地域活動も行っている。
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