第36回 伝統文化ポーラ賞 地域賞

2ミリ幅に切り、濡れタオルに一晩はさみ湿らせた紙を石の上で揉む

  • 櫻井 貞子(さくらい さだこ)
  • 昭和4年生まれ
  • 茨城県
紙布の制作・伝承
日本には、古くから和紙を漉く里には、庶民の知恵としてを使う文化があった。紙布とは、和紙の糸で織った素朴な布。安価で防寒性や防水性があり、庶民の労働着などとして使われてきた。そのなかで、宮城県白石市に伝わる「白石紙布」は伊達藩が将軍家への献上品に使った極上品とされる紙布。
その「白石紙布」に櫻井さんが出会ったのは48歳の時。繊細で上品な紙の織物で、他の紙布とは別格の存在感に驚いた。それまで8年間、櫻井さんは佐賀錦という絹織物を織っていた素養もあり、白石紙布の素晴らしさに魅了されることになった。
江戸時代、伊達藩を支えた片倉小十郎に仕える侍たちが分業で作っていたのが白石紙布。明治に入ると、その手法や技術が途絶えてしまい、昭和のはじめに片倉家の末裔と研究者が復元に取り組んだ。現在も白石市でその末裔が数人制作してはいるが、後継者不足や紙布専用の紙の入手が困難になっているのが現状だ。
櫻井さんは、入手できた唯一の文献を頼りに、地元の茨城県産の那須こうぞを使い、西ノ内紙職人の協力を得て試作を重ねた。カッターで2ミリ幅に和紙を切り、紙糸づくりが始まる。「揉む」、「績む」、「撚る」、「染色」と織り上げるまでを一人でこなす。1反の紙布を作るには1万メートルの糸が必要だという。その苦心が昭和54年第26回日本伝統工芸展に紙布織「水引草」初入選の快挙となり、昭和60年からはアメリカのモリカミ美術館招聘の個展を開催するなど、海外で高い評価を得てきた。
たていとの素材により絹紙布や綿紙布などがあり、難しいのが経糸とよこいとに紙糸を使う諸紙もろじ。それを復元し、昭和63年現代美術今立紙展で「諸紙布経緯絣」で入賞し、独自の紙布の作風を確立した。40年間に及ぶ創作活動を続けてきたのは、文献探しなどを担当し、8年前に他界した夫・櫻井喜一氏の力も大きい。
その技術の継承が途切れぬように、平成26年から京都出身の女性を弟子に受け入れた。平成29年には米寿を記念して紙の博物館で特別展を開催予定だ。紙布の創作だけではなく、白石紙布の復興と郷土の和紙育成に果たした貢献で今回の受賞となった。
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