第37回 伝統文化ポーラ賞 地域賞

糸車で、木綿の糸を紡いでいる
日下田さん。(平成27年10月工房にて)

  • 日下田 正(ひげた ただし)
  • 昭和14年生まれ
  • 栃木県
茶綿を用いた伝統染織の制作・伝承
藁葺き屋根が歴史を感じさせる日下田藍染工房は、栃木県益子町に200年以上前の江戸時代から続く紺屋で、日下田正さんで9代目になる。父の故・日下田博さん(旧栃木県無形文化財工芸技術保持者)は、益子に移住した陶芸家の濱田庄司の提唱する民芸運動に共鳴し、藍染から新しい作品の創出に取り組んだ染色家でもある。
日下田さんが父の後を継いで「藍を建てる」決意をしたのは、進路に悩んでいた18歳の時。ある朝、藍甕が並ぶ工房に入ると、甕に朝日が差し込んで靄がかかり神聖な雰囲気を醸し出しているのを見て深く感動する。現在も当時の72個の藍甕が数々の震災などに耐えて現役で活躍しているが、この甕の中で藍を発酵させて一定の温度で保ち染色を可能にする
あいて」ができる工房は、すでに栃木県内で2軒だけになっている。
高校を卒業した日下田さんは、東京で染織作家の柳悦孝氏の元で織を学ぶために5年間ほど修業をした後、昭和38年、24歳の時に益子に戻り、父に藍染を学んできた。
そんな日下田さんに転機が訪れたのは、ちょうど父と東京の画廊で二人展を始めた昭和55年ころ。益子の地元では作られなくなった茶綿の種子を鳥取県の弓ヶ浜から取り寄せ、益子の土地で栽培を開始した。その背景には、茶綿を原綿の状態で草木染して糸を紡いだときにできる「まじり糸」の表現を会得したことである。また、 "英国手織りの母"と呼ばれたエセル・メーレ夫人の著書『A Book on Vegetable Dyes』に、日下田さんが深く心酔していたことが大きな要因となっている。
"綿のツイード"と呼ぶにふさわしい、藍染と織物という染と織の組み合わせから誕生した彼の作品は粋な藍染に英国の素朴で都会的な風合いが
ミックスされ、新しい視点の「益子木綿」と呼ばれている。平成4年から現在も栃木県内の高校で草木染の指導を続け、世界各国からの研修生も受け入れるなど後進の指導にもあたり、平成17年栃木県無形文化財に指定。その功績は地域賞にふさわしいことから、今回の受賞となった。
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